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大阪高等裁判所 昭和25年(う)3510号 判決

控訴人 被告人 嘉悦芳樹及び弁護人 山本治雄

検察官 舟田誠一郎関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

本裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

原審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人山本治雄の控訴趣意第一点について。

所論は、まず、本件集会禁止措置は権限ある国内機関によりなされたものでないから無効なる旨主張する。

しかしウイロビー少将の一九五〇年六月十七日発岡崎官房長官宛覚書は、マッカーサー元帥の口頭指示によつてなされたものであつて、昭和二十一年勅令第三一一号第二条にいわゆる連合国最高司令官の日本政府に対する指令に該当しその内容として、「その公示した目的または主催団体の性質もしくはその指導性により公共の安寧福祉に脅威を及ぼし、または占領車もしくは占領目的に反する示威運動に発展する如き集会行進及び示威運動は許可されない」というのであるから、国民一般はこれに拘束されるものと解すべきである。すなわち右のような集会行進及び示威運動は右指令自体で禁止されているのであつて、さらに国内的に禁止を命ずる措置が講ぜられるをまつて始めて禁止の効力を生ずるというものではない。従つて、本件大阪市警視庁巡査帰坂豊の公務執行を認定する前提として国内的禁止の措置を必要とするという所論はすべて理由がない。

そして、指令が国民一般を拘束しこれに違反するときは右勅令第四条によつて処罰されるのはもちろん、関係官庁は指令趣旨を誠実に実施すべき責務があること自明の理であつて、その集会禁止に関する事項は、警察法第二条第二項にいわゆる公共の秩序の維持、犯罪の予防及び鎭圧に関係すること明らかであるから、いやしくも或る集会の性質において右指令所定の禁止事項にあたる以上、所轄大阪市警視庁が公共の秩序の維持または犯罪の予防鎭圧に関し万全の措置を講ずべき義務あること疑がない(同法第一条第四十一条)ところで、原審挙示の証拠の一つである証人宮田秀太郎の証言によれば、日本共産党の予定する本件大会は当時における各般の情況上占領軍または占領目的に反する示威運動に発展するような形勢であつたので、大阪市警視庁警視総監代理宮田秀太郎がこれをもつて右指令所定禁止事項に該当するものと判断し、これについて所管事項に関し必要な措置にいでたものと認められ、そのことはまことに相当であり、所論のように指令趣旨を逸脱した違法行為であるとの非難はあたらない。そして、所論大阪市警視庁巡査帰坂豊の所為は右措置の一環としてなされたものであるから、原審がこれをもつて適法な公務の執行と解したのは相当であつて法令の解釈適用を誤つたとすることはできない。これを要するに第一点の論旨は理由がない。

同第二点について。

所論は、まず、大阪市警視庁巡査帰坂豊の本件行為をもつて公務の執行ではないというのである。

しかし、原判決挙示の証拠によると、本件大会は予て前記覚書に該当するものと認められていて、できないことになつていたのに拘らず、当日大会に参加するため中央公会堂前広場一隅に参集した約百名位のスクラムを組んだ集団があり、これに対し同巡査が上司の命令を受け同集団の中心的人物の指導的行動に警告を与えようとしたものであつて、同巡査の行為は前示警察法の規定上犯罪の予防に該当するからまさに巡査の職責に属する正当な職務行為(警察官等職務執行法第五条前段)というべく、原判決の趣旨とするところ、またここにあるものと解すべく、これを単なる競技であるがごとき所論は曲解に過ぎない。

つぎに所論は被告人には何ら暴行の事実がない旨主張するのであるが、原判決挙示の証拠によると、被告人が同巡査の右公務執行にあたり、これに対し原判示暴行を加えた事実が窺われるし、記録を検討してもこれを誤認なりとは認められない。要するに事実誤認の本論旨もまたその理由がない。

同第三点について。

所論に鑑み訴訟記録を精査して窺われる諸般の事情を参酌すると被告人に対する原審の科刑は重過ぎると認められるから、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条第四百条但し書に従い自ら判決をする。

原判決が証拠により確定した事実にその摘示した法規及び刑法第二十五条を各適用して主文のとおり判決をする。

(裁判長判事 荻野益三郎 判事 梶田幸治 判事 井関照夫)

弁護人山本治雄の控訴趣意

第一、控訴の理由第一点 第一審判決は、法令の解釈、適用に誤があつてその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄さるべきである。

一、第一審判決は摘示の大阪警視庁巡査帰坂豊の行為を公務の執行であると認定する。この認定は、所掲ウイルビー少将の指令が我国内機関によつて正しく適用せられたこと、即ち本件集会禁止の措置の適法性を前提要件とするものである。ところが、この集会禁止の措置は、第一に権限ある国内機関によつてなされたものではないから行政行為として無効のものであり、第二に仮りに権限ある機関によつてなされたとしても、所掲指令の趣旨を逸脱したものとして違法の行政行為である。前掲帰坂巡査の行為は、その前提要件を欠き、所謂公務の執行として保護に価しない職権の濫用の一態様であるに過ぎない。

1所掲ウイルビー少将の指令は国内機関によつて誠実に履行されなければならないけれども、当該国内機関が果して具体的に何であるかは、先ず指令に直接の指定があれば、この機関、直接の指定がなければ我国内法によつて定まる正当権限ある機関であること言をまたない。ところで、右指令は特に直接の指定をしていないことは指令の文言上自ら明らかである。しからば、集会の禁止というような憲法保障を制限、排除する権限ある国内機関は何であるか、集会の自由は憲法の保障する人民の基法的人権であつて、この人権を制限、排除することは我国内法の予定するところではない。大阪市条例は集会事前届出主義をとり、届出受理機関を公安委員会と定めている。このことは、我国内法令の下で集会の自由に接触をもつ機関は公安委員会を措いて外にないことを示す。大阪警視庁は、管内人民の集会の自由に対して如何なる意味においても何らの接触すらもたない無縁の機関である。

2次に、仮りに大阪警視庁が所掲指令について、その執行権限を有するとしても、本件集会を禁止した行為は違法である。本件集会を禁止した理由は所掲指令の趣旨に照して具体的に立証されねばならない。この点に関する証人宮田秀太郎の証言は極めて抽象的且つあいまいであつて、禁止行為の適法性を認定する根拠とはならない。

二、所掲指令が集会の禁止に関して、大阪警視庁に無制限の執行権限を附与したものであるとする認定は、本件記録のどの部分からも引出し得ない。

この認定がない限り、第一審判決掲示の帰坂巡査の行為を公務の執行とすることは論理上不可能である。第一審判決は、前認定を何に基いて得たか、所掲指令の誤解以外にはない。結局、第一審判決は、法令の解釈、適用を誤り、且つその誤りが判決に決定的影響をもつものであるから、破棄さるべきである。

第二、控訴の理由第二点 第一審判決は、事実の誤認があつて、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄さるべきである。

一、第一審判決は、大阪市警視庁巡査帰坂豊の行為を(中略)右現場において 赤旗を持ち群衆を煽動挑発していた氏名不詳者を鎭圧しようとしていたとして、これを公務執行と認めているけれども、証人山下巡査の証言(同証言は帰坂巡査の証言のあいまいさと対照的である)によれば、帰坂巡査の行為は所属真鍋小隊長の「あの赤旗をとれ」との命令の実行として実力行使に及んだものであることは明らかである。所属小隊は、アメリカン、フットボール小隊の呼称をもつものであるが、「あの赤旗をとれ」との隊長命令は理解し難い。スポーツの場ではなく、厳粛なる職権行使の場なのである。この旗とり競技の命令やその実行がいかにして公務の執行に転化しうるか。この点に関して、第一審判決は重大な事実の誤認がある。

二、公訴事実所掲の暴行については、終始被告人の否認するところである。しかるに一審判決は被告人の暴行の事実を認めたこの事実の認定は、弁護人申請の証人、山崎、保田の両証言は顧みられず、専ら帰坂、山下両巡査の証言に基いてなされた。検察官、弁護人双方の証人の全証言によつて、現場の混乱状態は、容易に推認しうるところであつて、かかる混乱状態における逮捕はしばしば錯誤に出ずることは十分にありうることである。帰坂巡査の証言のあいまい性は、自己の現場における認定に自信のないことを示す。山下巡査の証言には同証人の錯誤(それが意識的でないとしても)に出でないとする状況なしとしないのであつて、この点弁護人申請の右両証人の証言は正しく顧慮さるべきである。何人も、混乱状況の現場に関する極めて明確なる証言を期待することは経験則上甚だ困難とせねばならない。第一審判決の事実認定は、危険な判断の上に立つている。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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